「生物多様性」をローカライズする―タンザニア西部における地域コミュニティによる内発的自然保護を支援する環境教育システムの構築(トヨタ財団 2013年度研究助成プログラム 共同研究助成 A1 D13-R-0577)


研究課題

 西部タンザニア、タンガニイカ湖畔沿いの地域は、国際環境NGOであるコンサベーション・インターナショナルなどが指定する生物多様性ホットスポットにも含まれ、保全生物学にとって非常に重要な地域の一つである。この地には、アフリカゾウ、ライオン、リカオン、チンパンジー、アカコロブスといった絶滅危惧種を含め、多様な動植物が生息している。
 一方、この地域はタンザニアの中でももっとも辺鄙な地でもある。このため、これまでは非常に人口が少ない状態が保たれ、人々は伝統的な生活を送っていた。この地域の野生動植物が保全されてきたのには、こうした背景がある。しかしながら、近年、海外資本による舗装道路の整備が進み、この地域へも多くの人口が流入し、全国的な近代化の流れの中で農地開発や鉱物資源発掘などがいたるところで進行しつつある。こうした急激な開発に伴う、大規模な環境破壊についてはなんらかの対策が急務である。ただし、この地域はタンザニアの中でも最も貧しい地域の一つでもあり、学校や病院など最低限のインフラストラクチャーに加え、教師や医師・看護師などの人的資源が不足している現状は持続的な環境教育システムを整備する上での壁となっている。
 この地域で国立公園に指定されているマハレ山塊地域では、かつてトングェの人々が小規模な村落で伝統的な暮らしを営んでいたが、タンザニア政府の集住化政策と国立公園化により、近隣の集村へと移住することとなった。タンザニアの中でも最も秘境のイメージに近い国立公園として、海外からマハレを訪れる観光客は増加傾向にある。観光客の多くは欧米の富裕層であり、都市からチャーター機で直接国立公園に入るため、国立公園周辺の集村での人々の生活の現状を目の当たりにすることはほとんどない。また、観光客が支払う一人あたり一日千ドルを超える料金のほとんどは国立公園当局とツアー会社に入り、そうした機関で雇われている一握りの住民以外はそれほど観光業の恩恵を受けられていないのが現状である。現金収入が少ないため、この地域の若者は高等教育を受ける機会も少なく、結果として地域の若者が国立公園等で仕事を得ることは非常に困難になっている。
 集住化以前の世代のトングェの人々はこの地域の動植物に精通しており、現地の動植物にはほとんど学名と一対一対応するトングェ名を付けた民族分類学を保持する。この地域の動植物にはタンザニアの他地域では見られないものも多く、タンザニアの共通語であるスワヒリ語では名前がないものがほとんどである。そうした伝統的知識を持ったトングェの人々は、調査助手としてこれまで日本人チームの科学的研究にも貢献してきた。しかしながら、近年では、集住化以降に育ち、動植物が多様な国立公園に立ち入ることなく成人となる若者が増え、こうした伝統的知識は目に見えて失われつつある。集住化先にはトングェでない人々も流入し、通婚することも増えてきたため、彼らの文化的アイデンティティの維持に貢献してきたトングェ語も次第に使われなくなってきている。
 このような現状は、西部タンザニアに限られない。生物多様性が豊かな地域においては、現在の急速な近代化・グローバル化の中で多かれ少なかれ、自然・文化両面での多様性が急速に失われつつあるという共通の課題がある。
 こうした現状を踏まえて、本研究の課題は、国際的には価値のあるものとされているこの地域の生物多様性をローカルな場で捉え直し、地域の人々が伝統的に持っていた動植物に対する知識を継承するような環境教育システムを構築し、地域の人々で継続的に運営していく方策を模索することである。このためには同時に、そうした伝統知を観光業などに役立てるなど、生物多様性によってこの地にもたらされている経済効果を地元社会へ効果的に還元する枠組みを、ステークホルダーの合意の下、形づくる必要がある。